第一回に掲載した、このコラムのコンセプト、覚えていますか?

Think globally, act locally ?考えは地球規模、行動は足元から?

この言葉を「宮古島の環境を考えるシンポジウム」で話されていたのが、
宮古農林高校の前里和洋先生です。

先生を知ったのは2004年、宮古島の高校生の、宮古島の地下水を守ろうとする研究が「日本水大賞」を受賞し、更には水のオリンピック「ストックホルム青少年水大賞」国際コンテストにおいても見事グランプリを獲得したという新聞記事。

この研究は、飲料水を地下水でまかなう宮古島で、その地下水の汚染の大きな原因が化学肥料に頼る島の農業のやり方にあることを突き止め、解決策として製糖工場から出るバガスや糖蜜などから作る有機肥料「バイオ・リン」を開発したもので、農家への普及に努めるなど、地域での実践活動を進めています。

グランプリの選考理由は、
「世界中の多くの場所で適用可能」という高い評価でした。

生徒達の活躍もさることながら、理系の学生時代を送ってきた私には、
その縁の下で生徒を導いてきたであろう先生の苦労が目に浮かび、
とても感動したことを覚えています。

今回は、前里先生と教え子達が、
宮古の地下水を守るために取り組んでいる研究を紹介したいと思います。






宮古島には川や湖などの水質資源がなく、島民の飲料水、生活用水の全てを地下水に依存する、世界的にも類をみない島です。

そのことから、地下水汚染が島民の生活及び生命に直ちに影響を及ぼすことが容易に想像できますね。

宮古農林高校で、プロジェクト学習というカリキュラムのテーマを考えたときに、
この地下水に貢献できる内容を、と考えたのがこの研究の始まりだそうです。

研究をしているのは、環境班の生徒達。
環境班は部活動なので、参加も自由、退部も自由。
そんな中で生徒が自主的に研究に取り組み、その成果を先輩から後輩が受け継ぎ、今年で8年続いているなんて、すごいことだと思いませんか?




世界では、硝酸態窒素などに汚染された水や不衛生な水を飲んだりして、
8秒間に一人の幼い命が失われており、人命も危機にさらされているそうです。

窒素濃度の高い水を飲用していると体内に酸素が供給されずに呼吸困難に
陥り、呼吸器官が発達していない赤ちゃんが死亡する危険性があります。
その病名は、酸素欠乏で顔が青くなってしまうことから、
ブルーベビーシンドローム(顔面蒼白症)と名付けられています。

これ、他人事だと思いますか?

日本の水道法では、硝酸態窒素濃度が10mg/Lの水は飲料水として使用できないと規定されていますが・・・
現在の宮古島は、7?9mg/Lにまで上昇し、危機的状況にあります。

なぜでしょう?

沖縄は日本に復帰後、かなりのスピードで土地改良事業を進め、
そのおかげで大きな産業がない宮古島では、農業が島の人々の暮らしを支えるようになりました。

そんな宮古島の近代農業を支えてきたのが化学肥料。
1980年代以降急速に普及し、作業の省力化や作物の生産性の向上に多大な貢献をしました。

化学肥料の三大要素は、窒素・リン・カリ。

ですがこのうちのリンは、珊瑚礁が隆起して出来た宮古島の土地に沢山含まれるカルシウムと反応して、植物に吸収されにくくなるそうなんです。
なんと施用したリンの80?95%が土壌中に残ります。

そんな土地で、作物に十分栄養を与えたければどうするか・・・
沢山肥料を与えたくなりますよね。
でもそうすると・・・それ以外の成分は有り余ってしまうわけで・・・つまり余分な
窒素が土壌中に残ってしまい、それが地下水に流入してしまうというわけです。

それが、問題になっている、硝酸態窒素。

地下水に流入する窒素の含有率は、主に化学肥料が約50?55%、畜産糞尿が約20%を占め、その他は生活排水や自然循環に起因するものです。
農業に由来する窒素源の割合が70%を占め、宮古島の命の源である地下水の硝酸態窒素汚染は、農業が主な原因であると言えるそうです。

人々の暮らしを支える農業ですが、
化学肥料に頼った農業を活性化させればさせるほど、
代償として硝酸態窒素による地下水汚染が進行するという悪循環・・・。

島の65%が農地です。

その一方で、森や里山を崩して畑を作っていますので、森林率は約15%とかなり低く、森林による水の浄化作用が低下しています。

 


生徒達が将来目指そうとしている農業が主な原因となって、
大切な地下水を汚染している。
前里先生にとってもこのことが、生徒達と一緒に農業について学ぶ中で非常に寂しく、ショックでもあったそうです。

この問題を受けて環境班は、
島外から移入される大量の化学肥料に頼った施肥方法から、
島内で有機物資源を循環させる目的で、有機肥料を研究開発したのです。

地中で固定されてしまっているリンの溶解に関与する微生物を選抜し、サトウキビの絞りかす(バガス)などとあわせた、メイド・イン・宮古島の有機肥料です。

現在は、地域の農家と連携して、地下水保全の目的で、肥料を普及させるための社会活動に取り組んでいます。
ただし農家にとっては、使いやすさや収穫量が大問題になってきますので、
そういった意味でも協力しあって上手くいく方法を模索しているということでした。

もしも化学肥料がせめて半分で済む様になれば、
地下水にとって、未来にとって大きな影響力となるでしょう。


「実験器具も手作りなんです」と気さくに説明して下さった前里先生



この研究が始まってから8年が経ったそうですが、初めの4?5年は全く評価を受けないどころか、「宮古島の地下水が汚染されていると知れたら、観光産業に響く」と叱られたりもしたそうです。

先生も5年目を境にもうやめようかと思った時期もあるとか。
でもその当時の生徒達が、「自分たちの地下水保全の研究は、10年・20年後に必ず宮古島のためになる」と言って、踏ん張ってくれたそうです。

評価を受けて賞をもらおうとの思いではなく、地下水汚染の原因が自分たちが学び将来職業として目指している農業にあることに衝撃を受け、なんとか地下水を守りながら農業を活性化出来ないか、との思いで始まった研究なのです。

未来に対するこの思いが、
1年ごとに世代交代する生徒達に受け継がれ、今日に至っています。

他でもない、私たちの問題なのです。






参考文献
・河川文化〈20〉 沖縄県宮古島における命の源である地下水の水質保全
宮古の水を守れ 第6回日本水大賞 論文