2007/02/20

『星を眺めていると』

 ほろ酔い加減で家へ帰る途中、星がいつもより瞬いているのが見えた。
12時を回っていたけど、星座早見盤と懐中電灯を持って、ベランダへ。我が家は市内の中心地から、ほんの少し外れた住宅街にある。周りには、街灯や民家の明かりがあり、あまり暗くないけれど、結構、たくさんの星が見える。



 まず、オリオン座を基準にして、いろんな星を探していく。
一番明るい星、おおいぬ座のシリウスが見つかる。ベテルギウスとシリウスを頂点に、もう一つ明るい星を見つければ、冬の大角形が出来る。こいぬ座のプロキオンだ。
星座早見盤を見ながら、ふたご座・かに座・しし座なども見つける。たいていの場合、どうすれば、それぞれがそれぞれの名に適うのだろうと思う。でも、しばらく、じぃ?っと星の羅列を眺めていると、不思議と星座の形に見えてくることがある。
そんな時、昔の人が持っていたような想像力がぼくにも備わっていたことに嬉しくなる。

 こんな作業を繰り返していると、たまに空を切り裂くように流れ星が落ちる。無機質であるはずの星が、生命力に満ちあふれているように輝く。美しく、はかない。はかなく、美しい。
以前、流れ星が落ちる一瞬に願い事を3回唱えきった友だちを思い出し、ニヤッとする。(まだ願いは叶っていなそうだれど・・・)

 昔の人たちは、星を頼りに夜の海を航海していた。羅針盤なんてものもなかった時代だ。それでも、星だけを頼りに、多良間島や沖縄本島、果ては中国やフィリピンまでも行っていた。星を見る能力は現代人の比較ならない。それだけでなく、天気を読む力や魚介類を捕る力・・・、ぼくらはいろいろ力を失ってしまった。

 星を見たり、海をのぞいたり、人間が未だに捉えきれない世界と対峙したとき、便利さの替わりに自然との繋がりを断ってしまったぼくたちの姿が見えてくるような気がする。
Posted by: kamome カテゴリー: 生活

2007/02/10

『プライス・レス』

 これは、一週間ほど前、ぼくの身のまわりで起こった出来事だ。

 先週の日曜日、ちょっとしたことから、右手の中指を怪我してしまった。
 よく見てみたけれど、外傷はなく、痛みを伴いながらも自分の意志で指を動かすことができたので、対したことはないだろうと判断し、放っておいた。

 翌朝、目を覚ますと、指は腫れ、痛みがまだあった。しかし、それでも病院に行くほどではないと思い、いつも通り職場へ行き、いつも通り仕事をした。
 
 お昼を少し過ぎたくらいに、上司に怪我のことを話すと、「すぐに病院に行った方がいいよ」と言い、同時に近くにある宮古病院に電話をしてくれた。
 そして、「宮古病院の整形外科は午後の外来がないそうだから、くらはし整形外科へ行きなさい。」と教えてくれた。

 しばらくすると、どこから聞いたのか、別の先輩がやってきて、椅子に座っているぼくに、
「指は大丈夫?宮古病院は今日休診だから、くらはしに行きなさい。今は一時間待ちくらいだよ。」
と伝えてくれた。

 また、しばらくすると、さらに違う先輩がやってきて、
「指怪我したんだって?くらはしは、今一時間待ちで、六時まで受付してるから、仕事終わって頃に行きなさい。」
と心配そうに話してくれた。

 きっとこの3人はみな、それぞれ宮古病院やくらはし整形外科に電話をして、問い合わせしてくれたのだろう。
その他にも、いろんな人が声を掛けてくれた。怪我をした理由を10秒で簡潔に説明できるようになったほど。

  温かい職場環境、priceless.



 以前、宮古の人の温かさについて、友だちと話し合ったことがあった。ある友人は、こんなエピソードを話してくれた。
 
 何かの用事で宮古の友人の家に立ち寄ると、必ず「コレ持って行け!(持って帰りなさい)」と何かを渡される。
 ある時は、庭で取れた野菜であり、ある時は、テーブルの上のみかんや買い置きしてある缶ジュースだった。質や量の問題ではない。その時にそこにある何かをくれるのだ。
 たまたま何もあげるものがなかった日に、『飲みかけのペットボトル』を「コレ持ってけ!」と渡された。『食べかけの餅』であったこともあるそうだ。
 言うまでもないが、悪意など、全くない。完全にない。ただ、家まで足を運んでくれたお礼に何かをあげたくて、渡したのだ。

宮古の人の気質、priceless.
宮古の心、priceless.

Posted by: kamome カテゴリー: 生活

2007/01/10

『宮古の成人式』

 みなさま、明けましておめでとうございます。

 お正月の雰囲気は、すでに斜め後ろくらいに過ぎ去ってしまいましたが、改めて、新春のお慶びを申し上げます。そして、みなさまが、健康で実りの多い一年を過ごせることを願っています。


『おとーり風景』

さて、宮古島平良地区の成人式は、1月5日に行われた。宮古には、沖縄本島などにもない独自の成人式の関わる慣習がある。

 成人式と言っても、市民会館かどこで催され、市長が長々と講話をする式典のことではなく、成人を迎える子ども持った家庭で開かれる、言うならば「成人祝い」のことだ。

 家族や親戚が集まり、お祝いをするのは、沖縄本島でも、本土でも、珍しことではあるまい。
 しかし、宮古島では、家族や親戚をはじめ、近所の人や親の友人、会社の人たちまでが「成人祝い」にその家庭を訪れる。そこまで幅を広げてしまうと、本人は誰が誰だかわからないだろう。
 これは、子どもを一人前に育て上げ、成人を迎えさせることができたという、親に対するお祝いといった感じさえする。

 
 ぼくもこの日、職場の上司の家を三軒訪問した。その時の様子を記してみたい。

 まず、家にはいると、普段はふすまで仕切り別々に使っているような広い畳間で宴会のスペースになっている。宮古の一軒家では、新旧問わず、だいたいそういった部屋があるようだ。最大収容人数はだいたい15人?20人くらい。
 そこでは、テーブルいっぱいにごちそうが並べられている。お寿司、揚げ物、煮物、サラダ・・・。空いている所に座ると、客それぞれにお刺身やお吸い物などの料理が出される。とにかく、スゴイ量だ。

 料理を作っているのは、母親と祖母、親類の助っ人らしき女性何人かが台所に入り、盛りつけたり、配膳をしたりしている。忙しいときは、訪れたお客さん(特に女性)もお手伝いをしていた。あたかも、最初からその場所にいたように、お皿を洗っていたりする。

 テーブルでは、当然、泡盛やビール、ジュースなどが振る舞われ、家主の父親がお酒をついでくれる。こちらの方面は、父親の役目だ。
 いつの間にやら、オトーリが始まり、知らないおじさんにお酒をつがれる。飲む。つがれる。飲む。またつがれる。


*酔っぱらっているので、ぶれています。

 ぼくは3軒だったが、地元の人は、5軒、10軒と周る人も少なくない。そして、メリーゴーランドのようにまわるオトーリ。
 翌朝、目覚めると違う靴を履いて帰ってきたりすることも、珍しくないみたいだ。

 そして驚くのは、成人した当の本人に会えたのは、3軒中1軒だった。これも珍しいことではない。

 まぁ、なにはともあれ、成人を迎えた方、成人まで育て上げたご両親に、心からお喜びを申し上げたい。
Posted by: kamome カテゴリー: 生活

2006/11/10

『島尻パーントゥ』

 先日、島尻パーントゥというお祭りを見に行った。毎年旧暦の9月に行われ、今年は11月7,8日に行われていた。
 このお祭りは「鬼神パーントゥが島尻集落に現れ、厄払いをして、無病息災をもたらしてくれる」というものだ。



 起源は、ずっと昔にさかのぼる。
 
 昔々、島尻の海岸に、異様な形をしたお面が流れ着いた。
ちょうどその日は、集落のお祭りの日だった。みなはその不気味さに恐れおののいたが、司祭を担う神女たちは、これを来訪神だと考え、人々にこういった。

 「今日の良き日にパーントゥ神が来訪してくださった。
  これはわが集落の豊作円満のしるし。
  この面を大切に保管し、人々の和を保とう。」


『普通に怖いパーントゥ』

 現在では、集落の若者が、全身に泥を塗ったつる草を巻き、このお面を付けて、集落の中を周り、人や家などに泥を塗りつける。
 子どもも大人も観光客も警察も新築の家も関係なしに、パーントゥは泥を塗っていく。特に赤ちゃんや新築の家、新車などは重点的に泥を付けて回っていた。
 泥を付けられることによって、厄払いになり健康で過ごすことができると信じられている。



 日が沈み、辺りが暗くなってくると、祭りの雰囲気が、一層盛り上がってくる。
 どこから、パーントゥが現れるかわからない。街灯の下に突然現れたパーントゥは、不気味な妖怪のようだった。

 ぼくは、部落内にある友だちの家に行き、その帰りバッタリ遭遇してしまった。まわりの人影はなく、向こう側からパーントゥが歩いてくるの見たときは、ギョッとした。
 ぼくは道路の左隅、パーントゥは右隅を歩いていたので、目を合わさないように歩き去ろうとしたが、見逃してくれなかった。  顔、手、髪、体まんべんなく泥を付けられ、丁寧に厄を払ってくれた。(帰宅後、丁寧にお風呂で洗い流したが、手は翌日まで臭かった。)

 みな、パーントゥとの鬼ごっこしながら、この奇祭を楽しんでいるようだった。

Posted by: kamome カテゴリー: 生活

2006/10/30

『みゃ?くくとぅば(宮古言葉)』

全国各地に「○×弁」「△□方言」「◇☆なまり」があるように、ここ宮古島にも独特の言葉がある。それは、「みゃ?くくとぅば」と言われ、この言葉自体もそうである。

 ぼくの友人で沖縄方言を研究している大森くんは、以前、方言の初歩を分かりやすく解説してくれた。それは、「母音のeとoは、iとuに置き換えられる」というものだった。たとえば、「ことば」は「くとぅば」ということになるそうだ。

 とはいっても、ぼくの周りで「みゃ?くくとぅば」が日常的に話されているわけではない。島で生まれ育った人たちも、職場などでは、標準語を話している。

 しかし、50歳以降くらいの人同士が話す時や、少しお酒が入った時などは、「みゃ?くくとぅば」のオンパレードになる。ぼくにとっては、インドネシア語が話されているのと同じくらい、全く意味が分からない。
 
 
『ずぅ? ずぅ? みゃ?くずまんかい』

 これは宮古の観光ポスターだ。この文字だけで意味を理解できる観光客はまずいないだろう。英訳してあるのは、外国人観光客を誘致しているわけではないと思う。


『50万円 パラーディナー?』

 これは、すでにカタカナで書かれている。日本語の枠からはみ出してしまったようだ。
 勘の良い方は、飲酒運転のことだとわかるかも知れないが、これに対してなんと答えればいいのだろうか!?
 「ダ??」とか「ラ??」とか言えば、通じるのだろうか。

 このような「みゃ?くくとぅば」以外にも、宮古には独特の「なまり」があり、これがまた興味深いのだが、次回にお伝えすることにしよう。

 「方言」や「なまり」は、地域の独自性が表れていてとても面白い。
 観光で訪れる人たちにとっても、その土地土地の言葉を聞いて、「旅に来たな?、違う文化圏に来たな?」と感慨にふける人も多いだろう。今後も大切に守られていってほしいものだ。
Posted by: kamome カテゴリー: 生活